学び教育フォーラム 会長 大中 逸雄(大阪大学名誉教授)学び教育フォーラム 会長 大中 逸雄(大阪大学名誉教授)

真の教育専門家を育成し、新しい時代を担う人材を育成しようと、この度、学び教育フォーラムとして活動を始めました。

多くの方々のご支援により発足しました前身のLife Long Learning 研究会を、さらに活性化させるために「学び教育フォーラム」に会名変更を致しました(「補足」の項をご参照下さい)。
混沌としている国際情勢、国内における政治の混乱、地震と津波、原発事故など、大変な時代が到来しております。
私は、日本が生き残るために、教育改革をより一層、加速しなければならないと思っております。当会は、それを実現するために活動して参ります。

新しい時代には新しい教育が必要

ご承知の通り、今や、世界が大きく変わってきています。特に、地球温暖化、エネルギー問題が大きいですね。また日本で問題なのは、少子化と老齢化です。これが理由かどうか分かりませんが、活力が低下しています。さらに製造業の海外移転が進行しており、技術が空洞化するという恐れがあります。その他、膨大な科学知識の蓄積がある一方で、細分化している問題があります。ITが進歩し、情報革命が起こっているのですが、その一方では情報が氾濫してしまい、何が正しいのかが分かりにくくなってきています。
良い点としては、脳科学や認知科学が進歩しています。しかしその一方で、色んなバーチャル化が起こっており、非常に心配されます。若い人には、実体験が無くなってきているという点です。
そして、知識の獲得方法が大きく変わってきています。昔は、知識は大学にしかなかったというような時代もありました。しかし、今や、知識は至る所にあります。極端な例を挙げますと、単なる知識を獲得するのであれば、大学に行く必要はなくなってきているのです。英語がわかれば、例えば、MITの全教科内容がほとんど無料で入手できるようになっています。インターネットができれば、家にいて一流大学の授業を受けることができるのです。今や、そういう時代になってきたのです。

教育のパラダイムシフトが必要

私が、こういう活動の必要性、教育のパラダイムシフトの必要性を感じているのは、実は、私自身の学習経験に基づいております。
1950年頃にGEの創造性開発プログラムがありました。余談ですが、今回の福島の原子炉第1号炉と2号炉は、GEの設計をそのまま日本が技術導入して建てています。実は、このGEの創造性開発プログラムが、当研究会で重視しているPBL(Project-based Learning あるいは Problem-based Learning)の原型であります。そこでは、チームによる商品開発の教育をしておりました。
その担当者は、「アメリカの大学教育は、教育理論に対して50年遅れている」と言っています。60年前にそういうことが起こっていたのです。私がこのことを知ったのは30年ぐらい前のことですから、日本は100年も遅れているということになります。アメリカでは、1990年頃に工学教育改革が始まり、1950年頃にGEでやっていたようなPBLが盛んになってきました。つまり、アメリカでさえ、大学教育にPBLが取り入れられるには40~50年かかったわけです。
大学教育におけるPBLは、1965年頃に、カナダのマックマスター大学の医学部が始めたのが最初のケースと言われています。
それから、私が注目したのは、1969年のMITのレポートです。「大学でのプロフェッショナル教育には単なる知識だけではだめで、人間力のような知識以外の教育が必要である。プロフェッショナルに要求される能力は、知識だけではなく、コミュニケーション能力や、その他の色んな能力を必要とする。」ともう40年も前に指摘していたのです。しかし、実際にそういう報告書に基づいて改革が行われてきたのは、さらに約20年も後の1990年頃からです。
ヨーロッパでは、1974年、デンマークのオールボルグ大学がPBLを積極的に取り入れました。この大学では右写真にあるような小部屋で、チームでPBLを行っています。5年制のしっかりしたディプロム教育を実現させるために、1年生からPBLをやっています。この大学には、右写真と右下図に示すような教室が1600室以上もあります。そして、カリキュラムのほぼ100%がPBL教育だといえます。世界でも一番ユニークな大学の一つだと思います。ただし、このような校舎でなければPBLができないわけではありません。このオールボルグ大学の教育責任者の一人であるコルモス教授が当研究会の顧問を引き受けて下さっています。
それから、1990年頃、デルフト大学のエンジニアリング教育でも改革が始まりました。その頃、日本では、新しい学力観による教育が始まりました。「生きる力、学ぶ力を育成する」という趣旨は大変良かったと思っています。しかしながら、それがいつの間にか「ゆとり教育」というものに置き換えられてしまい、ついには、惨めな結果になってしまいました。
一方、私自身の学習体験は、今になって思い起こしてみるとPBLに近いことをやってきたと思っています。学部を1963年に卒業しましたが、その時の卒業研究はチームでやらされました。しかし、指導教授は何も教えてくれませんでした。勝手にやりなさい。ただそれだけでした。当時はPBLなどというものはまだ知りませんので、適当にやっていました。それから修士・博士課程に進みましたが、やはりチームでの取り組みが多くありました。勿論、研究は一人でやりましたが、工場騒音を測定し防止するという課題に組んでいましたので、一人では出来ません。このため、測定等はチームで実行する必要があったのです。顧問の佃さんは、その時のチームの一員でした。そのようなこともあって顧問を引き受けて下さいました。

経験しなければ本当の理解はできない

私の中では、当時のことと今回の東日本大震災とが重なってきます。
当時のことは私にとって非常に楽しい経験でした。九州から北海道まで日本中の製鉄所をまわりました。特に、釜石の騒音対策には力を入れました。ですから、釜石の町のイメージが濃く残っています。釜石での調査を終えて、確か佃さんもいたと思いますが、一緒に旅行したことがあります。もう40年以上も前の話です。浄土ヶ浜は、写真のようにとてもきれいな所でした。水着を持ってなかったので、誰もいないからということで、素っ裸で泳いだ記憶があります。その浄土ヶ浜が、今回の大津波で下の写真のような無惨な状態になりました。
結論として言いたいことは、「人間は経験しないと分からない」、「本質的なことは経験しないと理解できない」ということです。したがって、このような無惨な写真を見ても、不運にも大災害にあった方々の心の中というものは、本当には理解できないのだと思います。それから、三陸地域にはこういう石碑が建っています。昔、ここまで津波がきたので、「これより下には家を建ててはいけない」と彫られた石碑があちこちに建っているそうです[1]。しかし、現実には、それより低い所にも家がたくさん建っています。
同様に、教育でも普通の授業では、伝えたいことがなかなか伝わりません。時間が経てば、写真が示すように肝心なことが忘れ去られてしまいます。それに対し、悲惨な事態を体験した人々は忘れられません。トラウマとなって残るぐらい忘れられません。ところが、経験していない我々は、こういう情景をたとえ見たとしても、またすぐ忘れてしまうでしょう。ただし、現地へ行ってあの悲惨な状況を目の当たりにすれば、まだ少しは違うと思います。しかしそれでも、実際に体験した人とは全く違うのです。
ですから、教育ではそういうことをどう取り扱うのかというのが大きな課題です。
上述のように、当時は特に意識はしていなかったのですが、学部・修士・博士課程を通して、1965年ころにカナダでやっていたPBLの真似事のような体験があったということが、その後の私に大きく影響していると思っています。
その後、1968年、大阪大学で講義をするようになりました。しかしながら、私は教育をしたくて大学教員になったのではなくて、研究をしたくて大学に勤めるようになったのです。大学では、残念ながら、そういう人が多いのです。従いまして、教育への明確な意識を持っていないので、自分の知っていることを一方的に講義するわけです。
しかし、1980年頃から1985年頃にかけて、学生の学習意欲が急激に落ちてきたことを痛感しました。ビデオ教材を見せても、熱心な学生は何人かいますが、半分くらいの学生の目は死んでいました。何をやっても関心を持ってくれないのです。これに対して、開発途上国では全く違いました。中国やインドで講義をしたことがありますが、彼らの目は輝いているのです。日本の大学と全く違い、講義には強い視線を感じるのです。教室の雰囲気が日本と全く違います。
「これではいけない!日本の教育を何とかしなければならない」という意識を持ち始めました。当時の文科省はこのような課題に使えるお金が全くなくて、当時の文部大臣にまで掛け合いに行ったこともありましたが、危機感はありませんでした。しかし、何とか打開していく必要を感じていましたので、企業トップの方々や、文部省の課長クラスの方々の支援を得ながら、彼らと一緒に研究会をやったりしました。
その頃のことですが、1994年、文部省の専門教育課長から「米国で教育改革が進んでいるようなので調査してほしい」との要請を受けて調査に行きました。この時に見聞したことは、私にとって本当に目から鱗が落ちたという感じでした。「何とかしなければならない」と常々思っていたことが、アメリカでは着々と実現されていたのです。
ワシントンとシアトルの中間にあるセミ・ア・ムーという風光明美な所で、日米教育評価ワークショップを開催しました。この時は、工学部の先生方が多かったのですが、日本は全く立ち後れていることを痛感させられました。日本では、殆どの人達が「教育の評価なんてできない」とか、「評価なんて20年後じゃないとできないよ」と言っていた時代です。この時、当研究会の顧問である文科省の坂東局長にも参加して頂きました。このワークショップをきっかけに、ハーバード大学のラリー・ライファー教授、ワシントン大学のグレッチェン・カロンジ教授とデニス・デントン教授などの方々と一緒にPBLを始めることになりました。色んな研究会や国際シンポジウムを開催し、啓発活動をしました。
しかし、残念ながら、我が国の高等教育には、ほとんど役には立ちませんでした。そういう教育に関する国際シンポジウム等を開催しても、一部の関心のある人が参加するだけで、多くの大学教員は「大したもんですね」と言うだけです。それで終わりなのです。したがって、実際には広がりませんでした。

高等教育の中で実践、挫折の連続

1997年、大阪大学大学院に知能機能創成工学専攻という修士課程プログラムを立ち上げる機会がありましたので、そこの目玉としてPBLを導入しました。その活動は、もう10年以上経ちます。このPBLは、企業と連携したPBLでしたが、私の研究室では、この他にスタンフォード大学、あるいはスウェーデンの王立工科大学などの学生とのPBLもやりました。
大阪大学にPBLを広めようと努力して参りましたが、本格的なPBLは、この知能機能創成工学専攻と、ビジネスエンジニアリング専攻くらいです。他学科でも多少はやっていますが、なかなか広がりません。
次に、教育の質保証という課題に取り組むために、1999年、日本技術者教育認定機構の立ち上げに参画しました。この課題はとても重要ですので、紙面の都合もあり別の機会を設けてご説明したいと思います。
それから、科学技術会議で人材専門会議専門委員としてPBLについての話しをしました。企業の方は賛同して下さいましたが、他のメンバーや文科省の官僚の人達はなかなか理解してくれませんでした。
やっぱり、いくら言って聞かせても、自分で体験しないことを理解するということは非常に難しいということを痛感しました。大学の先生と言われる人達でさえ、聞いても実感できないので、結局、「それはすごいね」で終わってしまいます。教育のパラダイムを転換することが如何に難しいかを痛感しました。
次に、私のこのような活動を知った大阪産業大学から声がかかって、2004年、アントレプレナー人財を育成するための専攻の立ち上げに協力して、PBLを導入して仲間の先生方と努力して参りました。しかし残念ながら、これも広がるには至りませんでした。
挫折の連続です。「なかなか広がらない。どうしようか」と思案し、頭を痛めております。しかし、何人かの方々が頑張って、かろうじて残っている教育があるのです。そこで、この火を消さずに、結局、「実際に出来る人を増やすしかない!」。そういう強い思いで、この研究会を立ち上げることになった次第です。

本当の教育には、体験的学習理論に基づくPBLしかない本当の教育には、体験的学習理論に基づくPBLしかない

結論は、「体験が非常に重要だ!」と言うことです。コルブ教授が提唱されているExperiential Learning Theory[2]です。これまでの私の経験からすれば、本当の教育を実践するには、これしかありません。本当の知恵、役に立つ知識を身につけるには、「体験」して「内省(reflection)」する、そして「抽象化」をして、また「体験」を繰り返すというサイクルを繰り返さなければ、本当の知恵には至らないのです。色んな学問が確立するにも、この繰り返しが必要です。したがって、教育にこの体験的学習サイクルを取り込まなければ、本当の教育は出来ないと思っています。また、教育は、「教えるのではなくて、動機付けを含む適切な学習環境を与え、適切な指導・助言により、学習させ(あるいは学習してもらい)、自立した学習者を育成するとともに優れた能力を引き出す」ことです。
次に、大切なことは、今私たちはどのような人材を育成するのかと言うことです。右図に示しているスキルは、私が関与して参りました日本技術者教育機構の認定基準にほぼ含まれているものです。これはエンジニアに対する要求ですが、如何なる分野でも要求される能力だと思います。大学でこそ、こういう能力を身につけさせなければなりません。ただし、これらは単なる知識ではなくて、人間力と活用できる知識・スキルですから、講義主体の教育で育成することは不可能です。したがって、パラダイムシフトが必要になるわけです。
日本存続のための教育が必要なのです。今からではもう間に合わないという話も耳にしますが、決して遅すぎることはありません。日本の最重要資源は人ですから、人を育成することが不可欠です。日本が危ない、いや地球も危ないですね。地球、人類、日本存続のための教育をする必要があります。そのために、目標として、「心豊かで自立した学習者の育成」、「活力ある地球市民の育成」、「創造性のある人材育成」などを実現しなければなりません。

教育のパラダイムシフト

では、そのために、どのような教授法・学習法を採用すればよいのでしょうか?“Teaching”から“Learning”へ教育方法のパラダイムシフトが必要です[3-5]。さらには、教育理論、認知科学、脳科学などを活用する必要があります。それから、質保証をする必要があります。
もう少し詳しく説明しますと、知識偏重教育から人間教育への転換と、自立性の教育を導入する必要があります。近年は、精神的に非常に未成熟な若者が増えています。そのために、如何にして自立性を向上させるかが重要になってきています。さらに、個人学習からグループ学習への転換、グループ学習と個人学習のバランスが大切です。グループ学習だけでも問題があると思います。自律という意味においても、やはり個人学習を入れなければなりません。少なくとも、一人でリフレクション(内省)するチャンスを与えることが重要です。
それから、実物、社会、自然等の実態に触れることのできる教育に転換しなければなりません。どんどん実体験が減ってますから、学校教育の中で体験させる機会を与えなければなりません。このためには、カリキュラムを変えなければなりません。現在、特に大学では、2単位の授業がたくさんあって、バラバラにやっています。そのようなカリキュラムでは、上述のような教育はできません。細切れの授業をもっと大きな括りに合体させて、モジュール化する必要があります。例えば、1日1科目にして、その中で、講義は1~2時間で終え、その後、グループ学習や、実験や、PBLを組み合わせて学生が自ら進んで学習するシステムに変える必要があります。このようなシステムについては、既にドイツのエンジニア教育では規則で決められており、強制的に大学に採り入れさせています。日本では、全く野放しでなかなか変わりません。このモジュール型のカリキュラムの実施は1学科だけでは困難です。学校全体でやらないと難しいものですから、日本は非常に立ち遅れています。

正しいPBLを広めたい

今や、PBLという名前は結構知られておりますし、大学をはじめとする多くの教育機関が導入しています。しかし、我々が狙っているような本当のPBLとは違う場合が少なくありません。クラブ活動なのか大学の教育なのかの違いも分からないケースや、Learningとは程遠い、学生任せの無責任な活動も散見します。そこで、PBLの教育としての大切な所を述べます。
図に示すように、PBLでは、まず大雑把な課題を与えます。この時、どんな課題を与えるかによって、その後の学習内容が変わっていきます。目的によって変わります。したがって、何のためにPBLをやるか?を明確に把握させる必要があります。ケースによっては、講義の代わりに問題を与えて解かせる(Problem-based)ということでもいいのですが、少し大きな課題を与えて「その問題を解決するためには、どんな知識が必要か」ということを認識させることも重要です。
つまり、PBLとは学習意欲を喚起する1つのツールでもあるのです。単に「これを学びなさい。将来役に立ちますよ」という喚起法では、今は通用しない時代なのです。学習者たちに実感してもらわないといけないのです。「そういう知識があれば、こんな面白いことが出来るんだ」という成功体験を与えることができるテーマが必要です。したがって、学生が興味を持つテーマが必要です。それは小学生なら小学生なりに関心を持つテーマを与えて、それを学習させるということです。そこで知識も同時に学習していくように仕向けることが大切です。このようなことから、この教育を“Just in education”とか“Simultaneous education”とも呼んでいます。
いずれにしても、そこで知識が必要であることを認識させて、そしてその知識をグループ学習あるいは自己学習で知識を獲得しながらその問題を解いていく、それらを発表する、その途中にディスカッションするというふうに、色んな事をしてもらいます。しかし、これは一方的に進むのではなくて、行ったらまた戻るということの繰り返しになります。これはデザインと一緒です。デザインをする場合も、決して一方通行で計画して実現していくというだけではありません。必ず、行ってから、また戻ります。不具合な点があれば最初へ戻ってやり直すということを繰り返します。
このような学習活動の中で、上述の経験的学習の理論に基づくような、「体験し、それを通してリフレクションし、その結果に基づいて抽象化し、さらに再体験する」というサイクルを繰り返して行くわけです。これを導入することによって、色々な体験をし、コミュニケーション能力、自己学習能力などの多くの能力が育成されます。この進め方の具体的な方法については、『エンジニアのためのファシリテーション』[6]などの本が出版されていますが、そのようなファシリテーションのやり方を使えば上手くいくと思います。

正しくPBLを広めるための組織

当フォーラムの活動として、PBL授業を正しく理解して、実行できる人を増やしたいと考えます。
目標としては、「授業の形態を変える」、「授業の形態を変えるのを手伝う」ことです。皆様方と力を合わせて、経験的学習理論に基づいた教育を実現していきたいと考えます。第1の活動としては、学校の先生方に、実際にPBLをやって見せるということを考えています。当フォーラムの会員がやって見せるわけです。
2番目の活動として、「PBLをやっているけれども孤立して悩んでいる」とか、「PBLをやっているけど上手くいかない」というような方達の手助けをします。その際の「それをどうやって解決したらいいか」ということは、我々のPBLです。この研究会で、我々自体が抱えている教育現場での問題解決をするということです。
3番目に、会員一人につき一人づつ会員を増やすことです。単なる会員ということではなくて、“PBLが実行できる会員”とうことです。できればねずみ算式にやっていきたいと考えます。そうすれば、50人で発足した会が、100人、200人と増えていって、やがて、PBLで我が国の教育が変わると思っています。
最後に、評価方法の確立です。研究会の活動、その教育効果を評価して、そのまま続けていいのかどうか、そういう評価をする。それから、どうやって評価をするかという評価の方法自体も研究テーマです。

小学校から社内教育、社会教育まで

当フォーラムには、小学校の教育者から社会の教育者まで、幅広い層の会員が集まっています。多分、日本で滅多にない集まりだと思います。小学校と社会教育の間には大変大きな違いがあるように思われるかも知れません。しかし、「学び」や「自己学習」ということに観点をおいて考えてみると、その差は非常に小さいと思います。PBLが正しく広まり、PBL手法を正しく使えば、小学校から社会教育、社内教育まで、必ず役に立つ教育になるはずです。私の40~50年の経験からすれば、必ず役に立つと信じております。
是非、皆様方のお力で我が国に広げたいと思っております。よろしくご協力のほどお願い致します。

補足

この講演の後、当研究会顧問の佐藤学先生らを中心として初等中等教育で広がりつつある「学び共同体」の活動を知りました。この学び教育は、PBLとは違いますが、広い意味でのグループ学習という意味では同じであり、類似点が少なくありません。両者の良い点を取り入れることで、更なる改善が可能だと考えます。また、最終的に我々が目指すのは、真の「学び」です。「学び」を追求する人々が対話でき、お互いに学べる会にしようということで、「学び教育フォーラム」という名称に変更しました。

参考文献

  1. [1] 畑村洋太郎、「失敗学のすすめ」 講談社文庫、(2000)、p.94
  2. [2] David A. Kolb, Experiential learning theory and the Learning Style Inventory: A reply to Freedman and Stumpf, Academy of Management Review, Vol. 6, No. 2 (Apr., 1981), pp. 289-296.
  3. [3] 大中逸雄、「工学・技術者教育のパラダイム・シフト - 大衆化された大学での教育はいかにあるべきか-」学術の動向、日本学術会議SCL フォーラム、(2001)、p.33-37
  4. [4] 学術会議第5 部工学教育研究連絡委員会報告書、「グローバル時代における工学教育」(2006)
  5. [5] 大中逸雄ほか、創造性・国際性工学教育法の開発と評価法に関する研究、平成10 年度〜平成12 年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2) 研究成果報告書、(2001)
  6. [6] 大石加奈子、「エンジニアリング・ファシリテーション  話し合いをうまくまとめるコミュニケーション・スキル」、森北出版、(2011)